カリフォルニアの本と虫

ロサンゼルス生活の日記だったけど、今は大阪にいます。

紙魚

 部屋にシミおった!

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かわいい

 古雑誌を持ち上げたらぽとりと落ちてきた。まさに小魚のごとく平面を走り回るスピードは「紙魚」の名にふさわしい。英語では銀色に光る鱗粉に着目して、Silverfish―銀魚と呼ぶそうだ。どちらも風流な名付けで、どこの国でも文人の身近に共存してきたゆえだろうか。

 この部屋でシミを見つけるのはたしか2回め。空っぽだったロサンゼルスの我が棲家もシミが走り回るくらい積ん読がたまってきたということであり、生物多様性尊重の観点からも寿ぐべきであろう。

 シミという虫は、昆虫が羽根を獲得する前の姿を留めた原始的な生物で、3億年前から姿が変わっていないといわれる。おそらく自然界の片隅で植物の切れ端を細々と食べていたこの生き物が、数百年前、人間の書物というニッチにいち早く入り込み、ヨーロッパから世界中に広がった。(各地に固有種がいると思われるが、ヨーロッパ種の分布は世界に広がる)そんな古代生物が私の本棚に住んでいるというのは、実にロマンがある。3億年前に完成したフォーマットで、現代人の住居という最新の環境に食い込んでいるのだから本当にすごい。

 そんなシミだが、「シミ 虫」でネット検索してみるとけっこう悲しい気分になる。日本語でトップにヒットするのはアース製薬の「害虫なるほど知恵袋」というページだ。書き出しを引用してみる。

 

本棚や書籍の近く、トイレやお風呂場、薄暗い部屋の壁、あるいは布団や障子や畳の上で…フナムシのような虫を見たことはありませんか?テカテカと光っていて、大きさは1cmくらい。もしかしたら、紙魚(シミ)という虫かもしれません。何といっても見た目が気持ち悪いこの虫、くねくねと素早く動く姿も奇妙で、ティッシュペーパー等で包んで潰すと銀色っぽい粉がつくところも嫌悪感をさらに増大させます。
と、散々な言われ様ですが、人体への影響はないのでご安心を。とはいえ、人に与える不快感は、ゴキブリ以上?何とも不思議な紙魚の謎に迫ります。この先は画像付きで解説していきますので、閲覧注意です…。

https://www.earth.jp/gaichu/wisdom/sonota/article_008.html

(2019年9月14日アクセス、フォント改変筆者)

 

 これ、ちょっとひどくないか。

 「と、散々な言われようですが」などと書いているが、「何といっても見た目が気持ち悪い」とか「嫌悪感」とか散々に言っているのはこの文章の書き手だ。あげく「人体への影響はない」にも関わらず、「不快感は、ゴキブリ以上?」と続ける。疑問形にすることによって、自分の意見ではないかのように偽装する書き方だ。

 シミなんてそんなに頻繁に目にする虫ではない。家中本だらけの私でも年に数回見るか見ないかなので、ほとんどの人は名前も知らないし、見たこともないだろう。まして、気持ちが悪くて耐えられないほどシミに悩まされている人ってどういう状況なのだろうか。よっぽど毎日本棚をひっくり返して探さないと見つからないし、そんなこと、よっぽどシミが好きじゃなければできないでしょう。*1

 殺虫剤のマーケットを掘り起こすために、未知の害虫の脅威を煽りたてているというのは分かるが、端的にシミに失礼だ。虫を専門としている会社だけにページの記述自体は正確で面白い内容だ。それを「気持ち悪いよね?気持ち悪いよね?」という感覚的な押しつけが台無しにしている。

 これ、アース製薬だけが悪いわけでなく、他にも殺虫剤を買わせようとして虫の気持ち悪さを強調しているアフィリエイトブログが山程ある。悲しいことに、英語でも「silverfish」を検索すると害虫駆除業者の広告が大量に出てくる状況だ。

 もちろん殺虫剤は人間の生活に必要なものだし、それを作って売るというのは立派な仕事だけれども、命を奪う商品に「需要創造型マーケティング」を使うのはもうちょっと慎重になったほうがいいんじゃないだろうか。たとえば、誰かが生まれてはじめてシミを見つけて好奇心が湧き、ネットで調べてみようと思ったとする。そんなとき、「気持ち悪いですよね?」「要注意!」「一掃するには?」みたいな記事しか出てこなかったらどうなるだろうか。読んだ人はおそらく殺虫剤を買ってはくれないと思う。たいていの家にはゴキブリ対策で既に1本くらい買ってあるだろうし、シミのためにもう1本買い増そうとはならない。ただただ、「みんな気持ち悪がってる」という根拠のない印象が広まるだけである。

 日本の大手殺虫剤メーカーは近年のヒアリ騒動に便乗してアリ全体への嫌悪感を煽り、殺アリ剤を相当売っているようだが、それでいいのか。虫を嫌悪する市場と、数種の強靭な昆虫だけが生き残れば後は何でもいいということなのであれば、私は「それは違うんじゃないの」と首をかしげ続けたいと思う。

*1:翌日追記:このエントリを読んだ複数の方から、「うちには実際いっぱいいて気持ち悪いと思ってる」という声をいただきました。この部分は私の狭い見聞で書いたので話半分に差っ引いてお読みください。でもやっぱり皆殺しにするほど目の敵にしてる人はいなかったけど…。