カリフォルニアの本と虫

ロサンゼルス生活の日記だったけど、今は大阪にいます。

【読んでる】Charles Bukowski 'Hollywood'

 ブコウスキーという人の『Hollywood』という本を読んでいる。しばらく前から一日に2、3ページずつ読み進めていて、おそらく年内には読み終わるのではないかと思う。そうするとこの本が私にとって「初めて読み通した大人向けの英語の長編小説」ということになる。中学校から英語を習い始めて十数年、ここまでずいぶんゆっくり来たもんだ。

 なぜこれまで何回も英語の本に挫折しながら、今回は苦もなく読めているのだろうか。もちろん私の読む力が少しは上がったと考えたいが、実際は本書の内容によるところも大きい。

 この本は、作者自身を投影したおじさん作家が「書けねえなあ」とこぼしながら酒を飲みまくる話である。80年代のロサンゼルスが舞台になっていて、当時のハリウッドに巣食う怪しい業界人や正体不明の酔っぱらい、異常者が次々に出てくる。いろんな奇人がなんだかわかったようなわからないような自分勝手な話をしてくるのだが、主人公たるブコウスキーのリアクションはとにかくワインを飲むことに集約されている。人に会えば「よお」と挨拶代わりにワインを飲み、話を聞きながらワインを飲み、聞き終わったら「へえ」と言って乾杯する。人に会わなくても飲んでるし、飲みすぎて頭が痛いと言って飲んでる。若くて優しい配偶者も「アンタそんなに飲んだら死ぬよ」とか言いながら一緒に飲んでる。

 いちおうあらすじとしては「映画の脚本を頼まれて書く話」であるっぽいのだが、3分の1ほど読んだところでまだ脚本は1文字も書かれていないし、主人公の言動からは書こうという意志も感じられない。たぶんワインは50本くらい空いている。

 なぜ読みやすいかというところに戻ると、内容が真にどうでもいいからという気がしている。とにかくやさぐれ中年が変な人に会ったり酔っ払ったりしてる話なので、多少単語が分からなかったり登場人物の名前を忘れたりしても問題ないのだ。いっそ読者も飲みながら読むくらいでようやく釣り合いが取れる感じだ。

 しかし、全ページに充満するその「どうでもいい感じ」がどうにも心地よい。好き勝手にふらふらうろうろしている登場人物たちの姿にある種の自由を見出しているのかもしれない。酔っ払った人のどうでもいい与太話をわざわざ本で読んで、得るものは何かというと特にないんだけど、あまりに無軌道なエピソードに笑ってしまって、それでいいではないか。「生産性」など糞食らえだ。

 この小説を、舞台となったロサンゼルスで読めているのも幸せな巡り合わせだ。ああこれはあのへんのことね、と思い浮かべながら読むのはとても楽しい。自分の住んでいる街の30年前の姿、それも酔っ払い目線で書かれた姿、には薄汚れた魅力がある。おそらくここに来る前に本書を手にとっても、何が書かれているのかよく分からなかったと思う。あと、スラングが満載なので、日本語訳ではこのニュアンスは汲み取れなかったかもしれない。『パンク、ハリウッドを行く』という邦題で訳されているようだけど、ちょっとピンと来ない。

 これを買ったのはThe Last Bookstoreというダウンタウンのちょっと変わった本屋で(といってもアメリカで「フツウの本屋」というのは滅びつつあるのだが)、地元本を集めた棚で目に止まった。ブコウスキーはロサンゼルスで長く活動した人なので、その棚には他にも著作がたくさん並んでいる。その中で『Hollywood』がいちばん手がつけやすそうだった。章立てが細切れになっていて、少しずつ読むのに向いていそうだと思ったんだけど、その見立ては正しかった。これからもしばらく晩酌代わりにちびちび読む夜が続きそうだ。

 

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