カリフォルニアの本と虫

ロサンゼルス駐在の日記です。2017年10月から

【読んだ】町田康『パンク侍、斬られて候』

 いやー、めっちゃんこ面白かった。否、面白かったという以上の何かだった。何だこれは?すげえ小説だ。町田康の小説はすげえ。どこを切り取ってもどうでもいいおふざけが書いてあるんだけど、どこを切り捨てても全体は成り立たないようにも思える。

 時代劇の体裁をとった作品でありつつ、たとえば主人公の素浪人に任せる仕事内容を喋っている「藩の重臣」のせりふはこんな感じ。

「いいねえ。万事そういう風に言って貰えるとこちらとしては非常にありがたいのだ。とかく会話には繁文縟礼というか時候の挨拶その他、儀礼的なことが多くて無駄だからね。一度、私は文字数をカウントしたことがあるのだが、電話の場合、そういう時候の挨拶やなんかが全体の90%を占めるんだよね。直接の面談の場合は、これも相手に断ってから録音、その上でカウントしたのだけれども、ちょっとさがって75%というのは顔が見えているから安心なのかね。それに比して、ファクシミリの場合27%、イーメールだと7%で、イーメールだと一分で互いに理解できる伝達事項が電話だと約十分を要するんだよね。これはおそるべき時間の無駄ですよ。ただしイーメールやファクシミリの場合、事前に自分の考えをまとめて文章にする必要があるでしょ。それを面倒くさがって、なにかというと電話で済まそうとする奴がいるが、あれには参るね。俺と話しながら考えをまとめるということは自分の脳を使ってやるべきことの半分を俺の脳を使ってやってるということだからね。それははっきりいって時間泥棒、頭脳泥棒だと思うのだけれどもね。それで、ええっと、私は何を喋ってたんだ?」

 

 「ええっと、何を喋ってたんだ?」は読者のセリフである。繰り返しになるけど、何だこれ?あっはっはと笑いながら読んでいって、最後あまりの結末に口を開けたままひっくり返る、これは何だ?時代劇の形式をとってはいるけど、時代劇の範疇には収まらない。

 おふざけと大まじめ、嘘と実、自由と不自由、そのどちらでもありどちらでもなく、ぬるぬるぬるぬるしたこの小説を評する力は私にないけれども、高橋源一郎の文庫版解説が非常に的確。

 ほんとうは、徹底的に無視したい。徹底的に貶して、こんな作家いなかったことにしたい。そんな気もする。いや、そんな気もしていた。ぼくは、町田康という小説家に、猛烈に嫉妬していたのだ。

 でも、腹をくくったよ。申し訳ないが、徹底的に誉めさせていただく。だって、町田康はすごすぎるからね。

 

 そう、すごすぎるのだ。 これ、読んだ人と会ったら、どんな話で盛り上がっていいのか分からないまま「あれ、すごいよね…」「ね、すごいよね…」と思い出し脱力で壁にずるずるもたれかかると思う。

 まずもって英訳不可能、これを日本語で読めることに深く感謝したくなる本だった。

 

パンク侍、斬られて候 (角川文庫)

パンク侍、斬られて候 (角川文庫)