カリフォルニアの本と虫

ロサンゼルス駐在の日記です。2017年10月から

追悼ク・ハラ&ソルリ

 元KARAのク・ハラと元f(x)のソルリが自ら命を絶った。とても悲しい。

 この二人は私の人生で最も不安定な時期を支えてくれた人たちだ。KARAは言うまでもなく少女時代と並んで韓流第2世代を牽引したトップグループであるし、f(x)はその少女時代の妹分として、単なるアイドルを越えて音楽ユニットとして高い評価を得たグループである。ク・ハラもソルリも非常に人気があり、私も大好きだった。

 2008〜2013年頃の5年ほど、私はK-Popにどっぷりハマっていた。今回相次いで亡くなった二人が大活躍していた時期だ。ハマっていたというのは綺麗な言い方で、より正確に言うと、依存していた。4つある韓国の代表的な歌番組は、毎週放送され次第、欠かさずYoutubeでチェックしていたし、それでは飽き足らずにアイドルの出演するバラエティ番組まで手当り次第に見ていた。決して暇ではなかったが、のべ何千時間を費やしたか分からない。その結果、韓国語の聞き取り能力は飛躍的に向上し、その他の学業成績は軒並み低迷した。

 大学入学から就職にかけてのこの時期、主に「モテない」ことに起因する諸々により、気分の振り幅の大きい生活を送っていた。最高に素晴らしい瞬間と、最低に惨めな瞬間が繰り返しやってきて実にしんどかったが、毎日寝る前に動画をサーチしていると最悪の考えから逃げることができた。

 どんなときも彼女たち(男性アイドルも追ってたので「彼ら」も)はかわいく、セクシーで、かっこよく、堂々としていた。私にとって間違いなく欲望の対象だったが、それだけではなかった。彼女たちの舞台上の身体操作は完璧で、血のにじむような鍛錬を経ていることは間違いないのに、振りまく愛嬌からは微塵もそれを感じさせない。年齢が近いことも相まって、そのプロ意識というかド根性に完全にやられてしまった。あの人達があそこまでやっているのに、俺は何をやっているんだ?と思うと、錆びついた向上心がむくむくと頭をもたげるのだった。(たいていすぐしぼんだけど)

 もちろん彼女たちが幼少時から熾烈な競争にさらされることや、成功してからもネットやマスコミのひどい中傷と戦わなければならないことは知っていた。その厳しさを背負っていると思うからこそ、きつい中で笑顔で踊っているからこそ、ますます輝いて見えた。有り体に言えば、彼女たちの置かれた状況を所与のものとして、全て込みで消費していたということだ。

 私のような人ばかりとは言わないが、今回の連続自死の報せを聞いて、同じような後ろめたさを思い出したファンはけっこういると思う。こんなふうに若い人を追い詰める構造を持った産業から救いをもらってしまった過去は否定できない。けれども、この先こんなことはもう起きないようにしなければならない。

 2日前にク・ハラの訃報を聞いてからあまり考えないようにしていたが、今夜は久しぶりにKARAとf(x)の活動期の動画を渉猟してみた。画面の向こうで頑張っているこの人たちはもうこの世にいないのだと思うと、寂しくてならない。会ったこともない大切な人にもう会えないという気持ち。

 2012年にKARAが初のソウル単独コンサートを成功させたときの映像で、MCの時間にマイクを回されたク・ハラが感極まって泣き出すシーンがある。「デビューして3年間、家族に会えませんでした。今日は皆駆けつけてくれています。いつも連絡できずごめんなさい。今日は来てくれてありがとう」と。このセリフを7年後に聞いてこんなに悲しくなるとは、当時想像もしなかった。ハラの次にマイクを引き継いだリーダーのギュリは、会場のファンに向けてこう言っている。「皆さんが後日このライブのことを思い出したとき、ああKARAというグループが好きだったな、あのときは楽しかったなと、覚えておいてくださると嬉しいです」

 なんともなんとも。ありがとう。ありがとう。

 삼가 고인의 명복을 빕니다 진심으로.