カリフォルニアの本と虫

ロサンゼルス駐在の日記です。2017年10月から

とりあえず今日までのコロナ対策の日々 in ロサンゼルス

 すごいことになっている。この1ヶ月の変化はあまりに激的で、毎日「こんなことになるとは」の繰り返し。後で振り返ろうにも、記憶しておける自信がないので、この辺でいったん書き付けておきたい。以下あくまで主観的な観察なので、裏取りは各自の責任でよろしくです。

 

■1月下旬

 ワシントン州で米国最初の感染者確認。続く3例目、4例目くらいがロサンゼルス近郊。ごく近所なのでおいおいまじかよと思うが、この時点では中国から帰国した人たちのみで市中感染は確認できず。危機感は「アルコール消毒剤くらい買っとかなきゃなあ」というくらい。トランプが中国からの渡航禁止に踏み切る。

■2月初旬〜中旬

 引き続きアメリカで外国帰りの感染者がポツポツ報告されるが、この時期は何と言っても横浜のダイヤモンド・プリンセス号の対応が注目を集める。岩田医師のセンセーショナルなYouTube告発もあり、政府の後手後手の対応に対してCNN等もだんだん批判的な論調に。アメリカ側ではまだ対岸の火事という認識で、イベント等も普通に開催されてた。

■2月下旬

 私、予定通り東京へ出張。この時点では日本のほうが圧倒的にリスク高く見えていたので不安を抱えながらの渡航。自分がかかるとは思わなかったが、アメリカへの帰国便が拒否される可能性はあるなあとビビっていた。

 東京では8割の人間がマスクしてる光景に驚く。アメリカはまだほとんどマスクしてる人おらず、してると逆に具合悪いと思われて街でつっかかられるなんて話もあった。

 滞在中、日本政府がなんだかよくわからない意思決定によりイベント自粛、学校休校を呼びかける。要請なので命令ではないとか責任回避のドタバタに脱力。娯楽がなくなって本屋が意外に混んでいたのが印象に残っている。市中で中国人に対する素朴な憎悪を2つ3つ目撃して胸糞悪し。

 22日付で米国保健当局CDC(疾病予防管理センター)が日本への警戒レベルを3段階中の2に上げ、国務省もそれに従って渡航警戒レベルを4段階の下から2番めに上げた。これにより日本へアメリカ人を呼ぶ仕事のキャンセルをいくつか決定。でもそれはあくまで日本が危ないからであって、アメリカ国内で完結する仕事への影響は具体的に見えてなかった。これからはアメリカのリソースだけで回さなきゃねー、とか言ってた。

■2月29日(土)

 ロサンゼルスへ帰還。飛行機が無事飛んだことにひと安心。「汚染国」日本から「清浄国」アメリカへ脱出してきたような気持ちで深呼吸した。この日ワシントン州で最初の死者確認。

■3月1日(日)

 仕事でイベントに出た後、邦人と飲みに行く。

■3月4日(水)

 カリフォルニア州知事の非常事態宣言。行政が機動的にリソースを注入するために必要なもので、何ら市民活動を制限するものではないとの説明。他にも同様の宣言をする州や都市が続出。

■3月5日(木)

 ニューヨーク市、日本を含む流行国からの帰国者に対し14日間の自主隔離を要請。ワシントン州ニューヨーク州を中心にここから学校の閉鎖(オンライン授業へ移行)相次ぐ。日本政府は「水際対策の抜本的強化」を発表して、検疫や入国制限を強化。あ、やばくなってきたなという感じ。

■3月6日(金)

 映画館で映画鑑賞。イ・ビョンホン主演「南山の部長たち」、面白い。

 カリフォルニア大学システム(UCLA、UCバークリー等含む州立大学群)と南カリフォルニア大学が日本への出張禁止に。これ以降全国の大学が続き、日米の学術交流が全面的に麻痺。各地の自治体が非常事態宣言をして、イベントや旅行の自粛を呼びかける流れの中で、今年予定されていた世界的なフェスも次々中止に(コーチェラやSXSWなど)。

■3月8日(日)

 睡眠が乱れて早朝覚醒。しょうがないからそのまま夜明けとともに気晴らし登山。寒くて天気イマイチだったが、キツい運動で体調どうにか戻す。

 夜はブルースの生ける伝説バディ・ガイのライブに。アジア系差別の話題が既に報道されてて正直あまり人混みに出たくなかったけど、バディ・ガイは舞台上から「今こそ愛し合えお前ら!」とのたまってくれた。本当にありがたい。

 ニューヨークで中華系男性めった刺しの通り魔事件発生。アジア系に対するヘイトクライムの「疑い」との報道を聞き、怯える。被差別集団に身を置く経験をこれまでしてこなかったことを、強く自覚。

■3月9日(月)

 職場で今後の対応方針について協議。とりあえず手洗い消毒レベルの予防は徹底し、近い将来のイベント自粛や在宅勤務を現実的に検討することに。うちはまだ4月のイベントをやるつもりだったが、同業者の間で3月、4月のイベントを見合わせる知らせが入り始め、暗雲。

■3月10日(火)

 在宅勤務の具体策を立案。情報セキュリティの確保方法など付け焼き刃で勉強し、脳から発煙。

■3月11日(水)

 米国CDCと米国人材マネジメント協会の開いたウェブセミナーを受講。感染予防策に加えて、従業員を解雇するときの法律上の注意点など解説された。「そういうこと」が必要になる事態だとあらためて認識。

 WHOが世界の状況をパンデミック相当と認定。アメリカ、英国・アイルランドを除くEUからの入国禁止に。

■3月12日(木)

 有休もらって終日爆睡。日本外務省がワシントン州を安全情報レベル1に指定。

■3月13日(金)

 当地JETROが日本企業向けのウェブセミナーを配信。多くの企業が出張を控え、州間移動も停止した会社もあるとかそんな話。日本人の訪問を断られた話なども。

 昼過ぎ、トランプが国全体に非常事態を宣言。職場のテレビでみんなで中継を見ながら、えらいことになったと言い合う。この時点で新年度の「人を集める仕事・人を動かす仕事」は全て不可能になり、後処理に追われる。

 道端で小学生にコロナ!と言われたとか、知らないアメリカ人に避けられたとか、アジア顔をしている知人たちの被差別エピソードがたまってくる。

 この頃から美術館、博物館の閉鎖決定相次ぐ。

■3月14日(土)

 英国・アイルランドからも入国禁止に。

■3月15日(日)

 カリフォルニア州、バー、パブなど酒場の閉鎖を指示。レストランは満席の半分までに客を制限し、テーブル同士は2m以上近づけないことと。ここから土日も構わずどんどん政令が乱発されるようになり、気が休まらなくなる。

 気が塞がるので北米各地で暮らす高校の同級生を急遽誘ってビデオ会議。和む。

■3月16日(月)

 日々州や郡、市の要請がエスカレートする中で、事務所閉鎖が命令される見込みが濃厚に。突貫工事で準備に追われる。

■3月18日(水)

 試験的に在宅勤務を一部導入。テクニカルな問題で終日すったもんだ。

■3月19日(木)

 連邦政府アメリカ人の全世界に対する海外渡航中止を勧告。同様の措置を取る国も相次ぎ、グローバリゼーションが目の前で瓦解するのを見る思い。

 ロサンゼルス市・郡が自宅待機命令(Safe at Home)発令。スーパーや薬局、病院などのEssential Business以外の営業を禁止。飲食店もテイクアウトのみになる。2メートル以上に他人に近づくこと禁止。不要不急の外出も禁止。(散歩や日用品の買い物はOK)

 ついに来たーとバタバタしてたら夕方には州知事が「もうちょっと厳しい自宅待機命令」を発表。いっぺんでまとめてせえや。

■3月20日(金)

 強制的に在宅勤務突入。事務所閉鎖のためにこの日だけ出勤が許されたので、朝から荷物片付けたり戸締まりしたり必要な仕事道具を揃えたり、火事場の感じを全身で味わう。ぜんぜん別物だけど、生活や仕事がこれだけもろに影響受けるのは、3.11以来だなーと思い出したり。

 買い物に寄ったスーパーは入場制限で長蛇の列、レジの列も前の人のすぐ後ろに付いちゃいけないということでピリピリした雰囲気。物不足は軽微。

 夜、また友人とビデオ通話で愚痴こぼし、励まし合い。

■3月21日(土)

 や る こ と が な い 。 どこも行けないので、部屋で本を読んでてもすぐ眠くなるし、このまま続けたら3日でゾンビだぞ、と危機感を覚える。

 夕方、再び高校の同級生とつないで皆の子供を愛でる。

■3月22日(日)

 日本外務省の危険情報レベル2に格上げ。←NEW!

 

ちょっとは外に出ないとな・・・。

 

という感じ。とりあえず以上。