カリフォルニアの本と虫

ロサンゼルス駐在の日記です。2017年10月から

ブラック・ライブス・マター日記(5月末から6月中旬まで@ロサンゼルス)

 5月25日の月曜日にジョージ・フロイドさんが殺された。翌日ミネアポリスで始まった追悼と抗議の運動はすぐに破壊行為を伴うものになり、略奪や警官隊との衝突がセンセーショナルに報じられた。木曜日にはミネアポリス市警の分署が焼き討ちされるに至っている。

 最初の事件翌日から「首の上に膝」の動画はSNSで拡散され、私も見た。抗議運動は燎原の火の如く全米に広がり、実際にパトカーが燃えたり、関係のない商業施設が燃やされたりした。ロサンゼルスでも27日の水曜日にはフリーウェイにデモ隊が繰り出して一時交通ができなくなるという出来事があった。この時点で、このまま済みそうにないことが起きている実感はあったが、全体像も事態の着地点も全く見えていなかった。

 また、日本ではあまり重視されていないかもしれないが、5月25日にバズった動画はもう1つあった。ニューヨークのセントラルパークでバードウォッチングをしていた黒人男性が、白人女性に露骨な差別を受けたという動画だ。撮影者の男性が、リードなしで犬を散歩させていた白人女性に、「(鳥が逃げるので)犬をつないでくれませんか」と声をかけた(リードなしの散歩は公園のルール違反)ところ、その女性がヒステリックに警察に電話して「今アフリカ系の男にアタックされています!」と通報してしまったという一部始終がネットに流れた。こういう通報はただ差別の表出であるだけでなく、通報された側には文字通り致命的になりうる。いちど「白人女性を襲った疑いのある黒人」と見なされてしまえば、たとえ事実がどうであっても、駆けつけた警官に有無を言わさず射殺されるおそれがある。ジョージ・フロイドさんが殺される動画と合わせて、この動画は黒人が常日頃さらされている不当なリスクを際立たせた。「ジョージ・フロイドの件は決して特殊な一例じゃない。Enough is enough!」という人々の心情に火が点いたのは、この動画によるダメ押し効果が大きかったと思う。

 ミネアポリスで警察が燃えた後、28日(木)、29日(金)も抗議は続いた。都市によっては催涙弾やゴム弾が飛び交ったり、ホワイトハウスの周りで火の手が上がり大統領が地下シェルターに逃げ込んだりする事態になった。ロサンゼルスでも平和的なデモと略奪が入り乱れ、地区によってはかなり深刻になっていたようだが、私はまだ情報を処理しきれずにいた。現地ニュースは刺激的な映像を流し続けて不安を掻き立てられたものの、この時点の私の関心は箕輪厚介のセクハラ・パワハラに向けられていた。あと、州のコロナ対策が緩和されることが決まって、え、この状況でレストラン開けるのか、と意外に思ったことを覚えている。

 ロサンゼルス周辺で最も緊張が高まったのは30日、31日の週末だった。週の後半からにわかに激化した略奪に対応するため、警察に加えて州軍が市中に配備された。よく見知った街を自動小銃装備の迷彩服や装甲車がうろつく映像に、まったく現実感が持てなかった。30日からは5日連続で郡と市から夜間外出禁止令が発令された。ただでさえ新型コロナで行動を制限されているのに、同時に暴動を心配しなければいけないなんて、渡米したときにはまったく予想していなかったことだ。

 この期間、略奪やデモの鎮圧の映像を見すぎて若干神経がやられる。アディダスやナイキなどのアパレルショップ、スタバ等の飲食店に組織的なギャングや便乗した単独犯の若者が集団で突っ込んでいく画は、ショッキングであると同時に、日本の棒倒しや騎馬戦を思わせる祝祭感も醸し出していた。テレビの中で靴箱を抱えて全力疾走する若者たちも、それが心底楽しくてやっているわけではないだろう。生まれた境遇によって、その恵まれたエネルギーを他人の財産を奪うことに使うか、「うんどうかい」に注ぎ込むか、その差を想った。私がいつも頼りにしているアウトドア用品の店も、窓ガラスを粉砕されて、商品を根こそぎやられてしまった。

 ネットを見ると、すごいスピードで知見が共有されていて、無知を恥じながら片っ端から読んだ。在米邦人のSNSアカウントからも積極的に情報発信が行われて非常に勉強になる一方、知ったかぶりで不正確な情報を拡散する「識者」や、明らかにウソを混ぜて黒人への偏見を煽ったり、単純な対立構図を必要以上に強調する人も急速に湧いた。ときに睡眠が妨げられるほど噴飯ものの書き込みも目にしたが、自分が単純な理解に安住しないための反面教師にはなった。非常に多くの個人・集団が参画した進行中の事象であり、現地ニュースに張り付いていても複雑な状況を読み解くことは難しかったが、断片的なひとつのエピソードを拾い上げて全体を語りたがる日本人が多いことには驚いた。「学者」や「ジャーナリスト」を名乗って知性でメシを食っている人の中にも、そういう短慮が見られたことは記憶しておきたい。

 治安部隊のおかげか、暴力・略奪を許さない雰囲気が社会の中で高まったせいか、抗議運動は数日で急速に「平和化」し、6月4日にはロサンゼルスの夜間外出禁止が解除された。ジョージ・フロイド氏の弟を始め、被差別の当事者から「暴力行為をやめよ」という声が相次いだことも非常に大きかった。なお、解除される前にも、外出禁止令を無視した非暴力のデモが多発しており、たくさんの逮捕者が出ている。(後に、正当な示威行動への弾圧であるという批判が高まり、外出禁止の違反だけであれば罪に問われないことになった)

 最大警戒モードになっていた私も6月5日(金)には外に出た。食料の備蓄が尽きていたのだ。わが町コリアタウンも一部で略奪があったらしいが、私の家の周りは平和そのもの。近所では静かに散歩を楽しんでいる人も多くて拍子抜けした。自衛策で窓にコンパネを打ち付けている店もそんなになかった。

 翌6日も外出した。新調したメガネを引き取りにいかねばならなかった。メガネ屋に行く途中、公園でデモ集会の横を通りがかった。別のところに書いたけど、コリアタウンの混淆性と、アメリカの民主主義の豊かさが実感できる、実に素敵な空間だった。人の死をきっかけにした集会であるから美化するわけにはいかないのだが、洗練された民主主義の手法に素直に尊敬の念を覚えた。この日は各地で大規模なデモ行進・集会が行われ、日曜日にはハリウッドに2万人が集まったと言われている。私もテレビの生中継で見て、壮観だった。

 破壊行為がおさまったことで私もやや落ち着き、8日からの一週間は平常心で仕事に取り組めたように思う。

 今後もデモは規模を落ち着かせながら続いていくと思うが、これから重要になっていくのは現実政治がどのように呼応するかだ。既にいくつかの自治体は警察のあり方の抜本的見直しに言及しているが、むしろ反動のほうが大きいところもあり、事態は地域によって様々に展開していくだろう。抗議勢力をひと括りにテロ呼ばわりしている大統領の動きも全く読めない。

 これだけの声が上がっている最中でさえ、黒人に対する警察の過剰な暴力事件は跡を絶たず、構造の根深さを露呈させている。昨日からロサンゼルス近郊でニュースになっているのは、ある黒人の若者が「木から吊るされて」亡くなっていたという事件だ。警察は当初自殺と判断したようだが、抗議の殺到を受けて、死因のより詳しい分析に取り掛かるようだ。

 当面の注目点は一連の動きが大統領選挙にどのように反映されるかだが、それで何かが決着するわけではない。建国以来の宿痾なのだ。

 私も、外国人でありながらこの社会に居場所をもらっている者として高みの見物はできないし、「システミック・レイシズム」にそのシステムの一部として関与している身として、今後の振る舞いが問われていると強く感じる。まずは学ぶことから。

 

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6月13日、デモ帰りなのか、プラカードを掲げて歩く人。ダウンタウンにて。