カリフォルニアの本と虫

ロサンゼルス駐在の日記です。2017年10月から

実現したいことについて

 ブログの管理画面から「下書き」のリストを見ると、書きかけの文章が5、6本並んでいる。書き出したはいいけど書き終えられず、ウェブ公開に至っていない文章だ。要するに、そこに埋まっているのは自分にとってきわめて重要なテーマばかりだ。

 しばしば自分の根っこの部分を、言葉で整理したい衝動にかられてタイプし始めるのだが、だいたい途中で気恥ずかしくなるか、なんだか本当でないことを書いている気がしてくるか、眠くなるか、してやめる。少し字にしたことによって、次の朝には少し衝動が弱まっているので、同じ勢いでは続きを書けない。そのままお蔵入り。

 去年の今頃に残した下書きをさらってみると、「人を人として見る」というフレーズが何回も出てくる。他者を安易なカテゴライズで矮小化せずに、一個の人間として認識できるようになるには、どんな条件が必要なのか。そんなことばっかり考えていたようだ。考えていたようだ、というか、子供のころから今までずっと考えている。

 出発点は、小さいときに、学校という均質を求められる空間で周囲から意に染まないレッテルを貼られていたことへの恨みかもしれない。自分でも自分がなんだか分からないから、自らいろんなレッテルを貼っては剥がして、あんまりパッとしなかった。これはまあ、普通の思春期だったということだろう。

 学齢が進むに従って、周囲からのレッテル貼りはマイルドなものになっていき、自分でもそれを気にしない太々しさを築いた。そのぶんだけ楽になった。

 一方で、大学に入ったころから、他人が他人に貼るレッテルに興味が向くようになった。その少し前から慰安婦問題の争点化や小林よしのりの台頭、小泉純一郎靖国公式参拝に代表される空気があり、学生時代は石原都知事の度重なる排外主義的発言や在特会の結成など、「嫌韓」の勃興期だった。10代だった私は「なんかヤなかんじ」と思った。やつらがそこまで悪く言う韓国の人にぜひとも直接会って、どんな人たちなのか確かめてやりたいと思った(北にアプローチしようという考えは浮かばなかったので自動的に韓国)。

 そんで、いろいろあって実際に韓国に友人をたくさん作ることができた。会ってみればなんということはない、「いろんな韓国人がいる」というだけであった。「いろんな日本人がいる」ということと全く同じである。気の合うやつと合わないやつがいるが、根っからの悪人はめったにいない。いないわけではない。当たり前。実に爽快。

 時を同じくして、またいろいろあって韓国人以外の外国人とも付き合いがやたら増えた。ステレオタイプの奥にある本当の複雑さにふれる楽しさ、その虜になってしまった。ステレオタイプを外して付き合うということは、相手も私を個人名で認識して無遠慮に突っ込んでくるということである。なんとスリリングでありがたいことか。

 「ある人がどういう人であるかはステレオタイプでは判断できない」というのは言ってしまえば普通のことで、何らユニークな見識ではない。でも、これを体験を通じて分かることができたのが、学生時代の財産だと思っている。

 何の話だったか。

 そう、「人を人として見る」ということの快感に自覚的になればなるほど、「人を人として見ない」が無視できなくなってきたのだ。そんで困ったことに「人を人として見ない」のは、世の中では普通のことなのだ。なぜなら、会う人会う人すべてに全存在をかけてぶつかっていったら疲れるからだ。そんな風に生きていたらすぐ死ぬ。ステレオタイプやカテゴライゼーションというのは、複雑な外界を分かりやすい単位に切り分けるために、ヒトが洗練した武器であり防具なのだ。捨てることはできない。

 私が今やっている仕事は、ものすごい広義にとらえると社会教育にかかわる側面を持っているので、毎日がステレオタイプとの戦いだ。抜いたそばから生えてくる雑草をひたすら退治し続けているような気分になることもある。だいたい自分の目や耳にだってもっさり生えているのである。抜いても抜いてもキリがない。

 でも、幸運なことに私、あらゆる労働の中で祖父母の畑で草取りをしているときがいちばん楽しいのだよな。もし稼げるのならプロの草むしり人になってもいいくらい。

 何の話だったか。

 少し話が変わるようだけど、私はいろんなものに対して執着心が薄いほうだと思う。広く何事にも興味を持つ質な一方、道をきわめたものはないし、今後も人生をかけて打ち込むものはなさそうだ。なんだか半端者だなあと思っていた。

 でもここ数年で、自分の曖昧模糊とした関心の焦点を「人を人として見る」に絞れるようになってきて、なんだか少しだけ人生に芯が通ったような気がしている。

 なぜあんなに異文化交流にはまったのか。なぜ一度は教職課程をとってみようと思ったのか(すぐ挫折した)。なぜ差別やパワハラやセクハラの問題にこんなに腹が立つのか。なぜ「好きなタイプ」の話題に乗れないのか。全部根っこは同じだったのだ。私は「人を人として見る」を実現したいのだ。仮に終わりのない草取り仕事であっても、死ぬまでそれをやっていたい。手段はなんでもいい。

 

 この考え、ずっと心の中に伏流していたものだったのだけど、こないだの年末に稲妻が光るように突然ひとつのフレーズとして結晶したものだ。遠くから訪ねてくれた一回り若い友人と、将来の話をしていたときのことだった。楽しく話をして別れ、その夜家でブログに書こうとしたんだけど、どきどきしすぎて最後まで書けなかった。今日はその下書きをせっかく思い出したので、それから半年分の考えも混ぜ込んで膨らませてみた。

 

おわり