カリフォルニアの本と虫

ロサンゼルス駐在の日記です。2017年10月から。

自分をほめるだけの日記

 近々テント山行の予定があるので、今日はそのトレーニングで中ぐらいの山に登るつもりだった。

 朝6時に起き、眠い目をこすりながら昨日の残りを温めて食い、速乾性の下着に着替えたところで、ようやく認識した。こりゃいかん、めっちゃ疲れている。起きたばかりなのに体が重くて横になりたがっている。カレンダーを見返したら、ここ1ヶ月以上、毎日何かしら用事があって、家で休んでいなかった。そりゃ疲れるわ。

 もやのかかった頭で5分ほど考える。トレーニングの必要性と、無理矢理でも山に行ってしまえばきっと楽しいであろうという経験則。せっかくだから行かなきゃ、行きたい。しかし、安全に自信が持てない。山歩きはまったく問題ないけど、この眠気では山に行くまでの運転が危うい。中止は残念だけど、万一私が事故ったときに悲しむであろう幾人かの顔を思い浮かべたらすぱっと諦めがついた。

 

 潔く二度寝して、次に目が覚めたら午後1時。

 

 だいたいこういう展開だと、だらだらインターネットを見ながら無駄に一日が終わる。でも今日の私はここからがすごかった。よく休んだからか、火のついたように家の雑事を片付けまくった。(頼まれもしないのに!)

  • 冷蔵庫の残り野菜を炒めてバランスの取れた昼食
  • 洗濯
  • 洗濯物たたみ
  • ベタつく床の雑巾がけ
  • シンクの掃除
  • コンロの掃除
  • トイレ掃除
  • 包丁研ぎ2本
  • アイロンがけ2時間(ため過ぎ)
  • 麦茶を沸かす
  • ネット、電気、水道の支払い
  • 火災保険の支払い
  • シーツ交換
  • ゴミ捨て
  • エアコンのフィルター清掃

 

 これ全部を半日でやった。自分にノーベル家事賞をあげたい。

 山に行けなかった気持ちにお釣りが来るくらいスッキリした。どこにも行かず誰とも会わなかったがこれはこれで良い日曜日。誰も知らないので自分でほめる也。

ロサンゼルスでミョウガもらった

 知り合いからミョウガのおすそ分けをいただいた。庭でたくさん採れるそうで、どっさりいただいた。外国でミョウガのおすそ分けをもらうほど嬉しいことがあるだろうか?(いや、ない)

 私はミョウガがとても好きだ。一生食事がミョウガご飯でもいいくらいあの食感と香りが好きだ。薬味のくせに合わせる素材をかなり選り好みする個性が好きだ。だからとても嬉しい。

 ロサンゼルスには日系スーパーがそろっているので、実は足をのばせばミョウガが買えないこともない。でも、せっかく外国にいるのでその国のものを…という地産地消意識が作用して、これまでなんとなく買い控えてきた。そんでふだんはメキシコの野菜ばっか食ってるのだから地産地消もクソもないけど。

 しかし近郊のお庭で収穫されたとなれば話は別である。何の遠慮もなくごっそりいただいた。花穂満載のジップロック片手に帰宅、即そうめんを茹で、小ぶりのミョウガ2個ほど刻んでめんつゆにぶち込む。うまいに決まっている。日本で買うものと違ってかなりひりひりする辛さがあるが、それも自家栽培の妙味、ミョウガミョウガだ。

 ただただありがたい。白い麺をぞぼぞぼすすりながら、私ももらいっぱなしじゃなく、早く分け与える人間にならなければならないなあと思った夜だった。

 

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文学翻訳について

 ずいぶん前、とあるコンベンションで「Korean Literature Now」という広報誌をもらった。韓国文学翻訳院という韓国の政府系機関が出しているもので、非常に充実した内容だ。人気作家のインタビューや、詩の掲載、文学研究者の寄稿など、手に取りやすい薄さながら無料の配布物にしては盛りだくさんのコンテンツで、「いま」の韓国文学の面白さを英語で伝えている。表紙からしておしゃれで、手に取らずにはいられない。

 日本のネット情報を見ているとクオンの「新しい韓国の文学シリーズ」など数年前からの小説の日本語訳の流れがしっかり定着しているようで、読んでみたいものがたくさんある。この広報誌にも日本語訳のレビューが数冊出ていて興味をひかれる。

 アメリカでの需要のされ方については力不足で追えていないが、書店のSNSなどを見ていると韓国系アメリカ人の作家が盛んにイベントに呼ばれているのを見るし、韓国語からの翻訳もかなり出ているのではないかと思う(要確認)。存在感はある。

 上述の広報誌の巻頭エッセイではキム・ヨンハという作家の言葉が引かれていて、移民により多文化化する韓国社会からはじきに「ベトナム系による小説」とか「バングラデシュ系による詩文」とかそういうものが出てきて、それらすべてが「韓国文学」と呼ばれるであろうと予言されている。こういう言明が公共機関の出版物の巻頭に堂々と掲げられている、そのことに無意識に羨望を感じてしまっている自分がいる。それに気づき、若干暗い気持ちになる。

 翻訳書の支援というのはいっぺん外国語で出版していくつかの図書館に入れてしまえば、その後、半永久的にその国で自国の最良の言葉が参照されるようになるという、コスパ無限大の事業である。わがふるさと日本では、文化庁がやっていて専門家の評価が非常に高かった現代文学の翻訳事業が、2012年の事業仕分けの際、誤ったデータに基づきなんだかわけの分からないまま廃止になってしまったことが記憶に新しい。(参考)当時加藤典洋さんがこの処遇にかなり憤って連続ツイートしていたのを思い出す。廃止の根拠がデタラメだったのだから、ぜひ復活してほしいと多くの人が願っていると思う。

  日本の出版業界は瀬戸際に立っていて海外進出どころではないのかもしれないが、ここアメリカでもひとたび翻訳されれば普遍的に読まれて読者の人生を豊かにする作品はまだまだまだまだたくさんあると思う。村上春樹以外にももっといろいろな作家の作品が海外の本屋に並ぶようになると面白いんだけどなあ。

 

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自動車都市での事故予防について

 夕方帰り支度をしていたら、けたたましいブレーキ音と衝突音がオフィスの中まで響いてきた。なんだなんだと野次馬根性で外へ出て様子を伺うと、フロントのひしゃげたオープンカーが交差点の真ん中で止まっていて、運転手らしき人がうろうろしている。深刻な怪我人はなさそうだ。安心してオフィスへ戻り、カバンを取って出てきたら、もう警察が来ていた。優秀。

 職場の近くのこの交差点では、ほんの数ヶ月前にも事故を目撃している。今日とまったく同じように、対向車線から曲がってくる車に直進車が突っ込んだ形だった。まあまあな事故多発地点と言えるのではないかと思う。

 ロサンゼルスは過剰なモータリゼーションの街である。交通事故はいつ自分に降り掛かってくるか分からないリアルな脅威だ。もうすぐここに来て2年になるが、その間だけで事故に巻き込まれた知人は5人ほど。東京では周りに車に乗る人がいなかったのでこれが多いか少ないか判断に迷うところだが、自分自身も高速の真ん中でエンジンが故障して怖い思いをしたことがある。(不幸中の幸い、交通量の少ない場所だったので路肩に寄せて事なきを得た)

 地球半周分ほど走って何度もあわやという場面をやり過ごしながら、ひとつ確信したことがある。それは「よく休むこと」が事故予防の鉄則だということである。事故は相手のあることなので完璧には防げないのだが、自分の側の不注意やミスというのは、前夜によく寝ておくことでかなり避けられる。また、長距離ドライブのときは頭の中にかすかにでも眠気がよぎったら、即時休憩することである。食事の後や、残業した後など、眠気を帯びたままハンドルを握るのは極めて危険だ。自分でも格段に注意力が落ちていることが感じられる。たとえ仕事でアポイントメントが待っているようなときでも、車を駐め、3分でも目をつぶることが望ましい。

 日本にいたときは脳がヘロヘロになるまで残業して、足をガクガクさせながら終電で帰るというようなこともしばしばだったが、ロサンゼルスで同じ勢いで仕事をするとまず「通勤」という行為が成立しない。3日ともたずに何かに突っ込むと思う。全力を尽くさずに八分の力で業務を終えることが、ワークライフバランス云々どころかライフ(すなわち生存)のために必須なのである。「ちょっと頑張れば間に合うはず」という考えは禁物だ。「ちょっと頑張らなければいけない」状況を作ってしまった時点で、もう奈落に足を踏み出していると思わなければならない。

 ロサンゼルスは、せかせかしたニューヨークなどと比べてのんびりしているとよく言われる。いろいろな理由があろうが、「急いだら死ぬ」というのがわりと大きいのではないかと思っている。

 

 

 記事を書きながら思い出したけど、ドライブレコーダーも早く設置しなければいけないのだった。たとえ完璧に気をつけて運転していても、他人にぶつかられてしまうことはある。そういうとき、英語の苦手なガイジンにとって動かぬ映像証拠というのは貴重な武器である。数千円で買えるっぽいのでさっさと注文しよう。

久しぶりに再開します

 3ヶ月放置してしまった。その間ずるずると書かない日々が過ぎていっただけで、わりと元気にしていた。休みをとってヨセミテ国立公園に行ったり、帰国して瀬戸内国際芸術祭を見物したり、ドイツを旅行したりしていた。あとちょこちょこカリフォルニアの山を歩いたり、アメリカで国内出張に行ったり。

 こう書き出してみると中身のある記事が10本くらい書けていてもおかしくないのだが、なんとなく書かなかった。いろいろな説明ができるけど、基本的には自分の怠慢による。

 少し前、かなり書く意欲が高まっていたとき、ある友人にブログを書いていることを話した。最近その友人に再会して「最近は何書いてるの?」と聞かれた。返答に詰まってしまった。せっかく書く場があって数名が読んでくれているのにこれではいかん。自分のためにも、書かなくては忘れていくばかりだ。

 気を取り直してまた少しずつ書きつけていくのでよろしくお願いします。

 

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ドイツ、フランクフルト動物園のカバです。

 

沢田研二のソフトパワーと現代アジア

 出張など続いてまたしばらく更新できず。

 今日ようやく出張が終わってロサンゼルス空港まで帰ってきた。家までライドシェアを拾ったら運転手は香港出身のおじさんだった。アメリカに来てもう25年も経つという。大先輩である。

 私が日本人とわかると「ハジメマシテ!サシミ大好き、日本人は規律正しくてすごい…」などとよくあるお褒めの言葉をくださる。話の腰を折りたくないのでとりあえずどうもありがとうとかいったことをむにゃむにゃ返すと「君は音楽はやる?」とちょっと変わったことを聞かれた。

 いや、やらないなあと流して広東語の挨拶など教えてもらっていると、またおじさんが「日本は音楽がいいよねえ!」という。音楽の話がしたいのか。「ケンジ・サワダが最高だよ!」と。

 おお!おじさん!その分野は俺は分からない!

 「タララーン、タララーン…これ日本語の曲名わからないけど英語にも北京語にも翻訳されてんだよ〜」「香港では日本の音楽とか食べ物とかめちゃくちゃ人気だよ〜」

 ほおほおと適当に相槌を打っていると「それに引き換え中国は嫌いだね」とおじさん。「香港人は中国に返還されるのは嫌だったんだよ」と。そうか、おじさんがアメリカに来たという25年前というのは返還前夜でいろんな不安が膨らんでいた時期だったんだな。一族郎党みんなでアメリカに渡ってきたというおじさんは「予想通り返還後は汚職がひどくなって香港の状況はとても悪い」という。私は不勉強で何もコメントできないけど、たしかに学生デモが盛んになっているのはニュースで見る。

 勉強になったなあと思いながら「ンゴイ・サーイ!」と教わったばかりの広東語のお礼とともに車を降りた。

 ライドシェアで白タクをやっている運転手には実にいろんな人がいて、雑談の苦手な私にもガンガン話しかけてくるので、ほんの短時間だけど面白い話を聞けることが多い。便利だ便利だと在外日本人の口から日本にも紹介されているが、実はこの白タク形式のサービスはほんの移行期のつなぎにすぎず、UberLyftといった元締め会社は人間のいらない自動運転時代の覇権を目指して動いているという話もある。こういうランダムに人と出会えるシステムとしてのライドシェアの寿命は意外に短いのかもしれない。

激辛の国アメリカ

 タイトルの通りアメリカちゅうところは激辛の国である。来るまでぜんぜんそんなイメージはなかったが、油断しているとヤられる。さっき人と飯食ってるときに何気なくタコスをパクついたら中に生のハバネロが入ってて死んだ。食い物に生のハバネロを入れるときにはメニューに明記してでっかいドクロマークでも付けておくのが人としての当然の流儀であるだろうなどと考えるのはまさに平和ボケの見本というもので、ふふ、ほんのスパイスですよ、めしあがれ、といった体で見えないようにハバネロを埋めておくのがこちらの流儀である。母国にいるときのようにのんきに構えていてはいけない。ここは外国だ。エビとアボカドをトウモロコシ粉の薄焼きで挟んだ素朴な食い物を食うときでも、ゆめ危機管理の気構えを忘れてはならぬ。

 アジアで激辛といえばまず韓国、そしてタイ、中国の四川といったあたりが思いつくが、そもそものところをよく考えれば唐辛子というものがそれら激辛王国に伝わった経路は、歴史上みな必ずアメリカの隣国メキシコにつながっている。隣国どころかロサンゼルスを含めたカリフォルニア南部はかつてメキシコ領土だったくらいであるから、世界の激辛文化の本家本元に非常に近しい位置にあるといえるわけである。

 ありがたいことに、国際都市ロサンゼルスでは手軽にいろんな国の料理が楽しめる。しかし、テーブル備え付けの香辛料を使うときには注意しなければならない。いかに料理が本場風でも、辛味ソースや唐辛子フレークだけはメキシコ基準というか世界基準でアップグレードされているおそれがあるからだ。七味や柚子胡椒みたいな感覚で料理にバサバサ入れるとえらい目に遭う。

 これは半分メキシコみたいなカリフォルニアやテキサスだけの話ではなく、ルイジアナなどの深南部というあたりでもまた別の激辛料理が発達しているし、それらが全米に拡散しているのでどこに行っても辛いものに出くわすリスク(チャンス?)はなくならない。タバスコもデスソースもアメリカ発祥であるし、そういうグローバルブランド以外にも地酒のごとく各地にローカルのホットソースメーカーがあり、スーパーの売り場にはホットソースだけでものすごい品揃えが見られる。

 もちろんここは多様性大国でもあるからして、なにもかも押しなべて一様に辛いということは全くないのだが、辛いものはもう頭の芯がビリビリ痺れるくらい辛い。そして「激辛料理」と銘打っていなくてもあまり警告なくいきなり辛い。

 さっきタコスに混じって食ってしまったハバネロはまず舌を焼き、次に脳味噌をギュッとしびれさせて(しばらくガンギマリの状態になった)、3時間経った今でもふつふつと胃の中で存在感を主張している。

 明日トイレ行くのが怖い。