【読んだ】アーシュラ・ル=グウィン晩年詩集
ここ2ヶ月ほど、寝る前にル=グウィンの詩を読んでいた。「So Far So Good: Final Poems: 2014-2018」、昨年亡くなった作家の最晩年の詩集だ。9月にポートランドに行ったとき、独立系書店の雄Powell's City of Booksで買った。彼女がまさにそのポートランドに住んでいたことは、後から知った。
ル=グウィンは私にとって何よりまず「ゲド戦記」の作者である。C・S・ルイスやトールキン、スーザン・クーパーと並んで、物語に没入する感覚を最初に教えてくれた人だ。言葉と責任の関係や、自我との向きあい方について最初に教えてくれた人でもある。巻を追うごとに説教臭くなってくるので幼い私にはついていけない部分もあったが、第一巻「影との戦い」の海と風の感覚、それに過ちをおかした若い主人公の苦悩からは大きな影響を受けた。今読んだらもっと年長の登場人物に感情移入して、違う読み方ができるのだと思う。
アメリカに来てみると、この作家は単に「ゲド戦記」の作家であるというだけでなく、60年代以降の代表的なSF作家の一人であり、フェミニズムや反商業主義に関する発言により広く尊敬された人物であるということがよく分かる。2014年、全米図書賞で長年の功績を表彰されたときの記念スピーチ(下)では、想像力のある物書きのことを「より大きな現実についてのリアリスト」と呼び、文芸の自由と責任を守るよう警鐘を鳴らした。彼女はGoogleやAmazonによる書籍のコモディティ化に対する痛烈な批判者であった。(ついさっきナオミ・クラインもこのスピーチを引用してツイートしていた)
実は以前にPowell's書店を訪れたときもル=グウィンのSF小説を少し買っていたのだが、読解力の点で気おくれして長らく積ん読にしてあった。今回詩集を買ったのは、ずばり「短いから」。店頭でぱらぱらめくった感じでは一編一編も長くないし、あんまり難しい単語も出てこないし、どうにか読めそうに思えた。
この安易な考えは、半分正解で半分間違いだった。短さという点では、寝る前に2,3ページずつ味わうのに最適だった。スタンドの明かりの下で静謐なアルファベットの列を目で追い、またときたま口に出して読んでみていると、頭に渦巻いていた日本語のよしなしごとがすっと後ろに引いていく。寝る前の日課としてとても良い効果があった。
ただ、速く読めるということと、内容が分かるということは全く別である。長く住んだカリフォルニアの情景を描写した詩などは、私がハイキングで見る景色と重なってとてもよく分かる。太陽と水とオーク(楢)と小動物の関係を描いた「七月」という、10行の短詩はいちばん気に入った。しかし、死を間近に意識した作品になると、破格の文構造も相まって、意味が取れない表現も多い。あと50年くらい生きたら私にもわかるんじゃないかと思うけど、よしんばそんなに生きていられたとして、そのとき英語の詩を読める状態かどうか。
本書を出版したNPO(Copper Canyon Press)の編集者によると、本書執筆中のル=グウィンは大作家に似合わぬ親切さと謙虚さをそなえていたという。初稿が戻された際、赤の入った原稿を見て編集者の評価に向き合うのが怖いとこぼしたとか。
代表的な小説を発表し終えたある時期以降、彼女にとっても最も重要なジャンルは詩であった。ル=グウィンはこの原稿を仕上げたあと、出版を待たずにポートランドで生涯を終えた。*1
So Far So Good: Final Poems: 2014-2018
- 作者: Ursula K. Le Guin
- 出版社/メーカー: Copper Canyon Pr
- 発売日: 2018/10/02
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