カリフォルニアの本と虫

ロサンゼルス駐在の日記です。2017年10月から

2ヶ月ぶりのハイキング

 先週末からトレイルが開放された。先週は慎重に様子見し、今週も大事を取って家にいようと思ってたんだけど、どうも他の人の遊んできた報告を聞いてたら我慢できなくなってしまった。駐車場で混んでたら引き返す、と自分に言い聞かせながら、午後からでも行ける手近なところを選び、2ヶ月ぶりに飛び出した。

 サンタクラリータ郡の某所に車で到着したのは午後2時半。ハイキングをするには非常識な遅さであることに加え、最高気温34度のいちばん暑い時間だ。炎天下、人影はまばらで対人距離はじゅうぶん取れそうと判断し、歩いてみることにした。

 結論、今日のフィールドはすごかった。久しぶりの野外ということを抜きにしても、すごかった。初めて見る生き物、前に来たとき見過ごしていた発見、普通種の知らなかった生態・・・などなど、ブログ記事10本くらい書けそうな大豊作だった。

 ちょっと全部一度に書き記せないので箇条書きでメモ。

  • しょっぱなガラガラヘビ遭遇。
  • 野草の一斉開花。ここは一種類ごとのボリュームもさることながら、道を曲がるごとに違う花が咲いている。南カリフォルニアの灌木林の底力を見よとばかりに咲き誇る花、花、花。
  • テントウムシ大乱舞。餌を求めてこの時期ときに衛星画像に写るほど大群で移動するとか。
  • 2年前にオタマジャクシがいて感動した(乾燥地なので両生類あまり見ない)小川、目を凝らすと小型のゲンゴロウ類やカゲロウ幼虫、イトトンボ幼虫(下部写真)など、水生昆虫が多いことに気づく。
  • オークのうろでミツバチが興奮してるのが気になって写真撮る。家で拡大して見てたらオスがいっぱい写ってて結婚飛行だったっぽい。
  • 憧れの虫、Jerusalem Cricketに遭遇。コオロギとケラのあいの子みたいなオバケ直翅。
  • メコンドル3羽ほど旋回するのを目撃。
  • トカゲの大喧嘩を目撃。縄張り争いか?
  • そこらじゅうにいる割に「雑食性」としか分かってなかったゴミムシダマシの一種が、物を食べてるシーンを目撃。

 いやはや、植物、昆虫、鳥類、両生類、爬虫類…と全方向的に面白いものを見せてもらってしまって、まいった。衝動的に出てきたもんだから途中でカメラのバッテリーなくなったけど、あれ充電バッチリだったら帰ってこれなかったかも。

 フィールドでのコロナ対策の偵察ができればいいかなというくらいの気持ちで出かけたのだが、なんかもう夏の生き物たちのパワーに圧倒されてしまった。こんなんもうこっちも元気になるしかないじゃんか。

 興奮冷めやらぬまま、トンボの親子(?)の写真だけ貼っておく。早よ寝なきゃ。

 

 

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Argia sp.

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上のArgia sp.の幼虫?(同様の環境で他のイトトンボ見たことない)

 

体調崩してびびるの巻

 木曜日辺りから体がだるかった。金曜、土曜は頭が痛くてひたすら寝込んでいた。体の表面が火照って、汗が出るはしから乾いていく。食事を取らずに麦茶ばかり飲んでいたが、ほとんど尿が出ない。

 「ついに来たか…?」と思った。

 結論からいえば、おそらくいつもの眼精疲労からくる偏頭痛だ。現在3日目の午後にはおおむね調子を戻している。慣れている症状とはいえ、やはり「頭痛 コロナ」で検索せずにはいられなかった。もしも「そう」だったらさらに大きな肉体的苦痛が予想されるし、他人にうつさないように仕事の予定を調整し、生活物資を調達するのはけっこう骨だぞ…とズキズキする頭でドキドキしながら考えた。暗い部屋でスマホをいじるから余計に頭が痛くなったことは否めない。

 アメリカでの新型コロナ流行が顕著になった3月からこっち、人生のプライオリティを「健康でやり過ごす」ことに置いてきたのだが、今回の頭痛であらためて身が引き締まった。正直、健康を優先した日々にはメリハリがなく、それなりに充足しつつも、やや倦んできていた。ちょっと夜ふかししたって構うもんか、と調子に乗った矢先の偏頭痛である。よくできていると思う。

 いくらロサンゼルスの生活がイージーで慣れているといっても、海外の、係累のない一人暮らしなのだ。真に体が資本、かけがえのない「健康な自分」は死守しなければならない。持久戦が続く。

最近の書きもの反省

 ここ3年ほど、このブログを作ったり、友人が始めたウェブマガジンに書かせてもらったり、間歇的に文章を書いたり書かなかったりしている。

 それらの文章は20代からmixifacebookに時々の思考を垂れ流してきたものとは違って、「上手に書きたい」という欲望を意識しながら書いている。さぼりまくってちっとも上達していないけれども、まったくの無軌道ではなく、こういうことを書いて、こういうことを書かない、というような一定の制限を課している。おそらく、好き勝手に感情を盛り込んでいたmixi日記の方が面白かったのではないかと思う。ログイン情報をなくしてもう二度と読み返せないのが心残りだけど。

 その制限のうち、もっとも消極的な理由から生まれ、私の書くものにマイナスの副作用をもたらしているのは、自己開示を極力しないという姿勢である。これは私という色を除いて(身元隠してるわけじゃないけど)何をどこまで書けるのかという実験だ…といえば聞こえがいいけれども、はっきりいってリスク回避である。ネットの怖さにおびえることは必要なことだけど、年取ったなあとは思う。淡々として当たり障りのない文章を書く能力は多少ついたのかもしれないが、縮こまっているという自覚は日々強くなっている。誰に規制されたわけでもないのにひとりで息苦しさを感じていて、ふだんの私の言動を知っている人や、SNS黎明期に放埒に書き散らしていたものを知っている人は、あいつ丸くなっちまったなと思っているかもしれない。というか、こないだ実際に友人からもっと冒険してよと言われてしまった。

 今年は、といってももう5月も終わるけど、もうちょっと我を張ったモードに切り替えてみようかなと思う。俺はこう思うってこと、ほとんど書かずにいたら、だんだんその思考自体が薄くなっちゃってて危機感。

 

 

 (自己開示をしない以外に、実りつつある工夫もあるけどその話はまた別の機会に)

めざせゴリラ

 前回3月下旬までのコロナ日記をまとめて、その後沈黙してしまった。ああいうものを書くと、続けて同じような記録を取らなければいけないような気がしてよくないね。もともと好きなことを書き散らしておきたくて作ったブログなのに、自ら題材を縛るような効果が生じてしまった。

 気づけば5月だが、この間、経済が止まった世界で健康に生き延びるため、自己中心的な過ごし方に専念していた。世の中の動き、特に日本のスチャラカ政治に対して何と言ってよいのか分からない憤りもあり、そんなにふさぎ込んでいたわけではないんだけど、どうも文章を書くという方向に気持ちが向かなかった。その2ヶ月の間、書くべき言葉を自分の中の排水口にずいぶん無駄に流してしまったように思う。

 書き始めるというただそれだけのことが、なんと難しいことか。毎日文章を書いているプロの物書きは本当にすごい。金ももらえないのに好きで書いている人もまたすごい。書く筋力の塊だ。ゴリラ。

 

 で、ゴリラならぬナマケモノとしてしばらくだらだらしていたら、ある読者から「いつ書くんだ」とケツを叩かれてしまった。ありがたいことです。きっかけがあれば、俺だって書けるよ。ということで、内容はないけど、書いた。

さてさて。

 

つづく

とりあえず今日までのコロナ対策の日々 in ロサンゼルス

 すごいことになっている。この1ヶ月の変化はあまりに激的で、毎日「こんなことになるとは」の繰り返し。後で振り返ろうにも、記憶しておける自信がないので、この辺でいったん書き付けておきたい。以下あくまで主観的な観察なので、裏取りは各自の責任でよろしくです。

 

■1月下旬

 ワシントン州で米国最初の感染者確認。続く3例目、4例目くらいがロサンゼルス近郊。ごく近所なのでおいおいまじかよと思うが、この時点では中国から帰国した人たちのみで市中感染は確認できず。危機感は「アルコール消毒剤くらい買っとかなきゃなあ」というくらい。トランプが中国からの渡航禁止に踏み切る。

■2月初旬〜中旬

 引き続きアメリカで外国帰りの感染者がポツポツ報告されるが、この時期は何と言っても横浜のダイヤモンド・プリンセス号の対応が注目を集める。岩田医師のセンセーショナルなYouTube告発もあり、政府の後手後手の対応に対してCNN等もだんだん批判的な論調に。アメリカ側ではまだ対岸の火事という認識で、イベント等も普通に開催されてた。

■2月下旬

 私、予定通り東京へ出張。この時点では日本のほうが圧倒的にリスク高く見えていたので不安を抱えながらの渡航。自分がかかるとは思わなかったが、アメリカへの帰国便が拒否される可能性はあるなあとビビっていた。

 東京では8割の人間がマスクしてる光景に驚く。アメリカはまだほとんどマスクしてる人おらず、してると逆に具合悪いと思われて街でつっかかられるなんて話もあった。

 滞在中、日本政府がなんだかよくわからない意思決定によりイベント自粛、学校休校を呼びかける。要請なので命令ではないとか責任回避のドタバタに脱力。娯楽がなくなって本屋が意外に混んでいたのが印象に残っている。市中で中国人に対する素朴な憎悪を2つ3つ目撃して胸糞悪し。

 22日付で米国保健当局CDC(疾病予防管理センター)が日本への警戒レベルを3段階中の2に上げ、国務省もそれに従って渡航警戒レベルを4段階の下から2番めに上げた。これにより日本へアメリカ人を呼ぶ仕事のキャンセルをいくつか決定。でもそれはあくまで日本が危ないからであって、アメリカ国内で完結する仕事への影響は具体的に見えてなかった。これからはアメリカのリソースだけで回さなきゃねー、とか言ってた。

■2月29日(土)

 ロサンゼルスへ帰還。飛行機が無事飛んだことにひと安心。「汚染国」日本から「清浄国」アメリカへ脱出してきたような気持ちで深呼吸した。この日ワシントン州で最初の死者確認。

■3月1日(日)

 仕事でイベントに出た後、邦人と飲みに行く。

■3月4日(水)

 カリフォルニア州知事の非常事態宣言。行政が機動的にリソースを注入するために必要なもので、何ら市民活動を制限するものではないとの説明。他にも同様の宣言をする州や都市が続出。

■3月5日(木)

 ニューヨーク市、日本を含む流行国からの帰国者に対し14日間の自主隔離を要請。ワシントン州ニューヨーク州を中心にここから学校の閉鎖(オンライン授業へ移行)相次ぐ。日本政府は「水際対策の抜本的強化」を発表して、検疫や入国制限を強化。あ、やばくなってきたなという感じ。

■3月6日(金)

 映画館で映画鑑賞。イ・ビョンホン主演「南山の部長たち」、面白い。

 カリフォルニア大学システム(UCLA、UCバークリー等含む州立大学群)と南カリフォルニア大学が日本への出張禁止に。これ以降全国の大学が続き、日米の学術交流が全面的に麻痺。各地の自治体が非常事態宣言をして、イベントや旅行の自粛を呼びかける流れの中で、今年予定されていた世界的なフェスも次々中止に(コーチェラやSXSWなど)。

■3月8日(日)

 睡眠が乱れて早朝覚醒。しょうがないからそのまま夜明けとともに気晴らし登山。寒くて天気イマイチだったが、キツい運動で体調どうにか戻す。

 夜はブルースの生ける伝説バディ・ガイのライブに。アジア系差別の話題が既に報道されてて正直あまり人混みに出たくなかったけど、バディ・ガイは舞台上から「今こそ愛し合えお前ら!」とのたまってくれた。本当にありがたい。

 ニューヨークで中華系男性めった刺しの通り魔事件発生。アジア系に対するヘイトクライムの「疑い」との報道を聞き、怯える。被差別集団に身を置く経験をこれまでしてこなかったことを、強く自覚。

■3月9日(月)

 職場で今後の対応方針について協議。とりあえず手洗い消毒レベルの予防は徹底し、近い将来のイベント自粛や在宅勤務を現実的に検討することに。うちはまだ4月のイベントをやるつもりだったが、同業者の間で3月、4月のイベントを見合わせる知らせが入り始め、暗雲。

■3月10日(火)

 在宅勤務の具体策を立案。情報セキュリティの確保方法など付け焼き刃で勉強し、脳から発煙。

■3月11日(水)

 米国CDCと米国人材マネジメント協会の開いたウェブセミナーを受講。感染予防策に加えて、従業員を解雇するときの法律上の注意点など解説された。「そういうこと」が必要になる事態だとあらためて認識。

 WHOが世界の状況をパンデミック相当と認定。アメリカ、英国・アイルランドを除くEUからの入国禁止に。

■3月12日(木)

 有休もらって終日爆睡。日本外務省がワシントン州を安全情報レベル1に指定。

■3月13日(金)

 当地JETROが日本企業向けのウェブセミナーを配信。多くの企業が出張を控え、州間移動も停止した会社もあるとかそんな話。日本人の訪問を断られた話なども。

 昼過ぎ、トランプが国全体に非常事態を宣言。職場のテレビでみんなで中継を見ながら、えらいことになったと言い合う。この時点で新年度の「人を集める仕事・人を動かす仕事」は全て不可能になり、後処理に追われる。

 道端で小学生にコロナ!と言われたとか、知らないアメリカ人に避けられたとか、アジア顔をしている知人たちの被差別エピソードがたまってくる。

 この頃から美術館、博物館の閉鎖決定相次ぐ。

■3月14日(土)

 英国・アイルランドからも入国禁止に。

■3月15日(日)

 カリフォルニア州、バー、パブなど酒場の閉鎖を指示。レストランは満席の半分までに客を制限し、テーブル同士は2m以上近づけないことと。ここから土日も構わずどんどん政令が乱発されるようになり、気が休まらなくなる。

 気が塞がるので北米各地で暮らす高校の同級生を急遽誘ってビデオ会議。和む。

■3月16日(月)

 日々州や郡、市の要請がエスカレートする中で、事務所閉鎖が命令される見込みが濃厚に。突貫工事で準備に追われる。

■3月18日(水)

 試験的に在宅勤務を一部導入。テクニカルな問題で終日すったもんだ。

■3月19日(木)

 連邦政府アメリカ人の全世界に対する海外渡航中止を勧告。同様の措置を取る国も相次ぎ、グローバリゼーションが目の前で瓦解するのを見る思い。

 ロサンゼルス市・郡が自宅待機命令(Safe at Home)発令。スーパーや薬局、病院などのEssential Business以外の営業を禁止。飲食店もテイクアウトのみになる。2メートル以上に他人に近づくこと禁止。不要不急の外出も禁止。(散歩や日用品の買い物はOK)

 ついに来たーとバタバタしてたら夕方には州知事が「もうちょっと厳しい自宅待機命令」を発表。いっぺんでまとめてせえや。

■3月20日(金)

 強制的に在宅勤務突入。事務所閉鎖のためにこの日だけ出勤が許されたので、朝から荷物片付けたり戸締まりしたり必要な仕事道具を揃えたり、火事場の感じを全身で味わう。ぜんぜん別物だけど、生活や仕事がこれだけもろに影響受けるのは、3.11以来だなーと思い出したり。

 買い物に寄ったスーパーは入場制限で長蛇の列、レジの列も前の人のすぐ後ろに付いちゃいけないということでピリピリした雰囲気。物不足は軽微。

 夜、また友人とビデオ通話で愚痴こぼし、励まし合い。

■3月21日(土)

 や る こ と が な い 。 どこも行けないので、部屋で本を読んでてもすぐ眠くなるし、このまま続けたら3日でゾンビだぞ、と危機感を覚える。

 夕方、再び高校の同級生とつないで皆の子供を愛でる。

■3月22日(日)

 日本外務省の危険情報レベル2に格上げ。←NEW!

 

ちょっとは外に出ないとな・・・。

 

という感じ。とりあえず以上。

本屋やりたい

 アメリカ某所で書店員をやっている友達につきあってもらって書店めぐりをしてきた。半日ほどだったが、地域の顔たる大型店と、分野を絞った小型店、半ばZINE工場のようになったアナーキストのアジトなど、それぞれ勢いのある独立書店の多様性を味わった。

 様々な要因により、ここアメリカでも本を売るビジネスは全体的に難しくなっていると言われており、全国的なチェーン店は1,2の例外を除いて総崩れ状態だが、興味深いことに「独立系」と言われる書店の数は増えている。出張や旅行のたびにそうした書店を回るのが密かな楽しみだ。

 どこもイベントや読書会、雑貨や他業種との掛け合わせなどの工夫を仕掛けていて刺激的。でっかい国であるから、地元出身の作家や地域史を扱った棚にも特色がある。新刊と古書、あるいは営利と非営利の垣根も低く見えて面白い。この国だけの現象ではないだろうが、「文化」を実店舗で扱うという書店の公共的な役割が、逆境の中であらためて見直されている。

 

 積ん読だった雑誌「東京人」のバックナンバー(2018年12月号)の本屋特集をパラパラとめくる。駅前の総合書店から、最近走り出した個性派まで、まだまだ行ったことがない店が多い。こんど帰国したときにもいくつか回れるかしらん。

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家事と時間

 家事というのは時間を越えた贈り物であると思う。あるいは投資。人の文化的な行動はほとんど全てそうであるけれども。

 さっき仕事から家に帰ってきて、疲れたのでラーメンでちゃちゃっと済まそかと台所に立ったときのこと。急にしみじみ感謝の念が湧いてきた。朝のうちに皿洗いを済ませておいた過去の俺よ、本当にありがとう…と。料理の前に片付けしないといけないのは気が滅入るし、時間が無駄にかかるのでとても助かった。

 これ、先に時間を使って皿を洗っておいたのは自分で、そのおかげを被っているのも自分で、感謝の自作自演、一見何の新たな価値も生まれていないような話だけど、時間をおいて確実に効用が増大している。皿洗いを後回しにして、晩飯づくりと連続させるよりかは、先にやっておいた方が明らかに気持ちがいいのである。やっておいた朝の私と、やっておいてもらった夜の私は、時間を隔てた他者であり、その間には贈与関係が成り立っている。

 他にも今日は、床をふいておいた自分のおかげで部屋を歩いても足にホコリがつかないし、洗濯しておいた自分のおかげで寝間着がパリッとしている。朝に野菜炒めを作っておいたおかげでラーメンに具が乗ったし、野菜炒めにはもっと前に仕込んでおいた白菜の漬物が入っている。みんな過去の自分の行為が時を経て実を結んだものだ。投資回収だ。

 寝る前に米を水に漬けておくこと、包丁を研ぐ前に砥石を吸水させておくこと、食器を決まった場所にしまうこと、全部、少し先の自分への贈り物である。家事、特に料理というものは、少し先の未来にもこの日常が変わらず続いていることを無意識に想定している。そういう意味で、すこぶる楽観的で希望にあふれた営みであるといえる。家族がいれば家族同士の贈り物になるけど、たとえそれが一人暮らしであっても、贈り贈られ暮らしていく本質は一緒である。